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エンジニア列伝 2度の転職が今を作った!ベンチャー企業を渡り歩き、最高の環境を作り上げた凄腕 エンジニア 第11回:株式会社モバイルファクトリー 木村岳文氏

今の会社で実現できない夢や目標があれば、それを叶えられる環境に移りたいと思うのは当然のこと。転職は、エンジニアのみならずビジネスパーソンにとって非常に有効なキャリアアップの手段だ。今回は、2度の転職機会を活かして自分を磨きつつ、より自分に合った活躍の場にたどり着いた一人のエンジニアに話を聞く。専門学校卒業後、3社のベンチャー企業に関わった木村岳文氏がその人だ。

(インタビュー 石塚 純子 構成/撮影 臼井 隆宏 )

ベンチャーらしい雰囲気の中で働いた1社目

モバイルファクトリーに入社し9年目の木村岳文さん。今の会社が3社目だという彼の経歴を追ってみよう。まずは新卒で就職した会社について話を聞いてみた。

石塚
学校卒業後、就職した会社は東京のベンチャー企業だったそうですね。どうしてその会社を選ばれたのですか?
木村
地元秋田の専門学校を出た後、秋田で働こうかなと思っていたんですが、私の志望していたプログラマだと大卒しか採らない、というところが多くて決まりませんでした。しばらくダラダラ過ごしていて、そろそろ働くところを決めないと......、と思った頃には「東京に出るしかないか」と考えるようになっていました。
最初の会社はベンチャーとして結構名の知られた会社だったのですが、私はもともとその会社を知っていたわけではなくて、単純にネットで「Perl、プログラマ、新卒」で検索をかけたら最初に出てきたと。それが理由です(笑)。
石塚
では、狙ってベンチャーに行ったというわけではなかったんですね?
木村
はい。
石塚
なるほど。その会社以外にアプローチはされなかったんですか?
木村
はい、この会社だけでしたね。なぜか最初の面接で内定を頂いたのと、雰囲気が良さそうだったので他は考えませんでした。当時面接をしてくれた役員によると「秋田だし、遠いし何度も来るの可哀想だったから」とか言われてしまいましたが(笑)。そういった、ちょっと学生のりな雰囲気含めて、ステキだなと思いました。
石塚
入社後はどうでしたか。事前に思い描いていたこととのギャップなどはありましたか?
木村
よい意味でのギャップはありました。思っていた会社っぽい雰囲気ではなく、学校みたいな雰囲気で、毎日会社に行くのが楽しみでした。
主に中小企業向けのWebやメールのホスティングサービスを提供する事業を展開していまして、その事業で使っているシステムを別のホスティング事業に提供する仕事を担当していました。ユーザではなく企業を相手にした仕事が新鮮でした。
石塚
先ほど「雰囲気が良かった」とおっしゃいましたが、具体的にはどうでしたか?
木村
毎日が文化祭の前日みたいな感じでした。社員も全体的に若かったですし、活気もありましたね。夜中まで残業という日もありましたし、今考えればかなり大変だったとは思うのですが、辛かった思い出はなく、楽しかったという思いしかありません。そういったことを全部含めて、当時のITベンチャーらしい雰囲気でした。
石塚
最初の会社で木村さんが得たもの、学んだことはなんでしたか?
木村
人間としても、また技術的にも様々な経験ができ、成長できたことです。大変なこともありましたが、あの会社での経験がなければ、今の自分はなかったと思います。例えば、業界の優秀なエンジニアたちが集まる会に連れて行ってもらえたことがあったのですが、そういう会社の枠を超えた会があること自体も当時は知りませんでしたし、今でも他社で活躍されているような有名エンジニアの方々とご一緒できたことはとても刺激的でしたね。
石塚
なるほど、社内だけではなくて、その他の先輩たちや凄腕のエンジニアたちと交流が持てたわけですね。そんないい刺激あったにもかかわらず、なぜ転職を考えたんですか?
木村
会社の上場がきっかけでした。社員も300人くらいに急増し、社風が変わってしまったように感じました。ある意味、堅い会社にシフトしていくことに自分が対応できないと感じたというか、たとえば「文化祭の前日」の雰囲気から「期末テストの前日」みたいな感じになっていった印象でした。
そうこうしているうちに、社長も何回か代わって、私の所属していた部署を閉じよう、という話になって・・・。
石塚
なるほど
木村

株式会社モバイルファクトリー 木村岳文氏

丁度そのとき、先に転職していた先輩から「部署を閉じるなら、部署丸ごと採用したいんだけど」という話がきまして、転職するという経緯に至りました。
石塚
それだと、積極的に転職活動して......という結果ではないんですね。
木村
そうですね。私自身辞めたかったとか、会社自体が嫌いになったということではなくて、いま一緒に働いているこのメンバーと、まだ一緒に働きたいという思いが強くありました。なので、これからも一緒に働けるならという気持ちが大きな要因ですね。

初めての転職で得た教訓とは?

「会社が嫌なわけではなかった」が、活躍の場を失ってしまったことで転職に踏み切った木村氏。2社目もベンチャー企業だったわけだが、そこでの仕事で得た彼なりの「教訓」と、次なる転職へのきっかけとは何だったのだろうか。

石塚
2社目はどんな会社でしたか?
木村
システムも込みで、Webサイトの企画・開発・運営を請け負う制作会社で、フィットネスクラブのサイトや雑誌の公式Webサイトなどを作っていました。新規制作やリニューアルはもちろん、日々の運用、更新作業も手掛けていました。CMS的なものの開発、提供をしていました。
石塚
2社目もベンチャー企業だったとか。どのくらいの会社だったのでしょう?
木村
はい。だいたい50人くらいでした。先ほど言ったとおり、部署ごと移籍したのですが、当時その会社では何らかの事情で、制作チームが抜けちゃったあとで、その穴埋めも期待されていたようですね。

2社での経験を武器に、モバイルファクトリーへ

石塚
なるほど。最初から大変そうですね。新しい会社での仕事はどうでしたか?
木村
移籍してすぐに部署のトップだった方が辞めることになって。その業務把握が最初の仕事でした。もちろん在籍していたエンジニアも数人いましたので、仕事は分担しながら引き継いだんですが、満足な引き継ぎはできず、しばらく苦労しつづけた記憶があります。
石塚
具体的にはどんな苦労がありましたか?
木村
基本的に開発手法は個人に任されていたので、開発言語や仕組みがバラバラで、ひとつ変更するにも、広範囲に確認する必要がありました。また場合によっては、まずはそれがどのサーバで動いているのかを調べるところから始めなければならなかったものもありました。
石塚
他人が作ったソースを直すというのは大変だそうですね......。
木村
そうですね。特に社内の決まった「開発の仕組み」がなかったため、担当が変わるたびに同じような苦労をしました。そこで、今で言うフレームワークのような、一定のルールの下で組織として開発を進められるようにしたいと思うようになり、色々提案はしましたが、浸透はしませんでした。
石塚
ということは、その辺が次の会社を考えるきっかけですか?
木村
一つの理由ではありましたね。そんなとき、開発者メーリングリストを通じて知り合ったエンジニアのブログに「自分の会社で社員を募集している」と書いてあったのを見つけてコンタクトを取ったんです。その会社が、モバイルファクトリーです。
石塚
そんな出会いがあったんですね。改めて今考えると、木村さんが2社目で得たものはなんだったのでしょうか。
木村
会社としても部署としても仕事を進めるにあたって「枠組み」がないと効率が悪いと気がついた点ですかね。システムでいえば、作った人が運用している限りは問題が発生しなくても、お休みしたりもしくは退職したりでその人がいなくなった途端、破綻してしまう可能性も高い。特に組織の場合は脆弱な組織になると感じてました。
石塚
2度目の転職にあたって考慮されたことはなんでしょうか?
木村
転職先の規模感ですね。2社目も上場を目指していたのですが、ある程度しっかりとした働き方の管理を求められました。必要であるということは理解できます。しかし、その管理のために手間のかかる作業を全社員がしなくてはいけないのは非効率的に感じてましたし、もっと効率良く、負担をかけずにできる方法を考えるべきだと思い、何度か提案をしてみました。ただ当時の管理部長からの受けは悪かったように記憶しています。今思えば、自分の提案の仕方や進め方を工夫すれば良かったのかもしれませんが、当時はこれを根本から変えるのはこの人数では無理な段階だと思い込んでいました。
なので、会社の運営面の提案もできるようなもっと小回りのきく小さな組織、具体的には10人以下の会社に転職したいと考えてました。
石塚
モバイルファクトリーへの転職にあたって、不安はなかったんですか?
木村
なかったですね。前に転職しようと、上司に相談したことはあったのですが、自分の考えがあやふやだと諭され保留にしたのですが、モバイルファクトリーに出会ったときは何の迷いもなく、絶対ここだと決めることができたので、エントリーする前から「ここに行きます」と上司に報告しました。上司は「わかったから、まず、とりあえず受けてこいよ」と(笑)。
石塚
決意がにじみ出ていたんでしょうね。ちなみに木村さんは、普段から踏ん切りが良い方なんですか?
木村
悩む時は何年も悩むことがありますけど、「これ」と思ったら踏ん切りがよいところはありますね。
石塚
なるほど。その思い切りの良さは素晴らしいですね。

モバイルファクトリーへの入社、木村氏の今後の展望とは

2003年、現在のモバイルファクトリーへ転職した木村さん。会社が小規模だった転職当時の苦労話から、彼の関わる現在の仕事、そして今後の展望についても詳しく聞いてみよう。

石塚
そしてモバイルファクトリーに入社されたわけですが、当時はまだ小規模だったんですよね。
木村
はい。私が転職した2003年時点で、社員は8人でした。
石塚
希望通りの規模という感じですね。入社後の感想はいかがでしたか?
木村
それがですね、私が入社するきっかけを作って下さったエンジニアが、半年もしないうちに辞めまして。またもや「引き継ぎ祭」でした(笑)。こうなると、もはや運命ですよね。
石塚
それは......ある意味、前職までの経験が活きたということでしょうか(笑)。

若手と語らう木村氏

木村
はい。それに、ちょっといやらしい話なんですが、その人が辞めたことで私が技術部門のトップにならざるを得ない状況になるのは明白でしたので、大変だなと思った反面、大きなチャンスでもあると当時思ったのを覚えています。
石塚
チャンスと考えられると確かにいいかもしれません。転職当初はどんなお仕事が中心だったのですか?。
木村
メインの仕事はインセンティブ付きのメールマガジンシステムでした。「メールを読んでくれたら着メロ1曲プレゼント」というようなサービスですね。これはクライアント数社にシステムを提供していまして、結構大規模なものもありました。
石塚
そういうメールマガジンありましたね。その後はどういう仕事を?
木村
インセンティブ付きメールマガジンの資産をいかして、着メロサイトを2~3サイト提供していました。当時の着信音は電子的な音で作られていたのですが、ちょっと工夫するとリアルな生演奏のような曲にできるということを楽曲チームが発見しまして、それを利用した着メロサイトを爆発的に増やしていきました。現在、他社に提供しているものも含めると、70サイトほどあります。当時は、毎月1~2サイトぐらいのペースで増えていきましたから大変でしたね。
石塚
それはお話を伺うだけでも忙しそうですね。
木村
基本的には、コピーで増やしているので、ベースのシステムは同じなのですが、個別にカスタマイズして提供しているのと、後輩のエンジニアを育てながらサイトを増やすことも同時並行してやっていかないといけないので、その時代は忙しくて大変だった印象がありますね。とくに障害対応は自分だけしか対応できなかったので、ネットが繋がらない場所へ行くような休暇をとることはできませんでした。
石塚
その後、現在に至るまではどのような感じだったのですか?
木村
その後は当時いたメンバーも成長し、新しい開発メンバーもどんどん増えていきました。そこで私は少しずつ開発から抜けていきまして、メンバーのとりまとめが業務の中心になっていきました。開発面では、先ほどお話しした通り、コピーでサイトを増やしていったため、50なら50のサイト全てにシステムが1つずつあったので、仮に何か致命的なバグでもあると、50のシステムを全て直さなくてはいけませんでした。そこでコアなシステムは1つだけで、見た目だけを各サイトごとに分けるという仕組みを構築し、全てのサイトをそのシステムに移行していきました。ただ自社のサービスではないものが多かったこともあり、すべてのサイトを新システムに切換えるまでには長い時間がかかりましたね。
石塚
クライアント側にも運営の都合があるでしょうから、一気にというのは難しいですよね。では今後のお仕事はどのような予定があるのでしょう。
木村
開発の進め方の標準化を策定したり、様々な運用面で運用がやるべきことと開発がやるべきことが密結合しているので、両方の知識がないと出来ない部分を疎結合にし、開発は開発を、運用は運用に集中するための基盤づくりに取り組んでいます。大きなビジネスを展開していくために、それに耐える土台を作っていきたいと思っています。幸い運用系に詳しいエンジニアをメンバーに加えることができたので、本腰を入れてインフラの整備にかかりたいと思います。
石塚
なるほど。では、モバイルファクトリーに入社してよかった点は?
木村
これまで自分が「こうだったらいいのにな」ということはほぼ実行できましたね。
石塚
例えばどんなことがありますか?
木村
エンジニアが集中して仕事に取り組める環境作りです。いま、完全だとは言えませんが、私自身がこれまでエンジニアとしてあれこれ不満に思っていたことは起きないようにしてきたつもりです。例えば、プロジェクトを超えた知識共有の場を必要な業務と認めてもらい、業務時間内で勉強会としてコードを見せ合ったり、知識の交換を行う場を設けました。まぁ、会社としては費用対効果を求めるので、説明や納得して貰うのに多少時間はかかりましたが・・(笑)
石塚
素晴らしいですね。これまでの経験が今に繋がっている訳ですね。木村さんのようにスタッフの声に耳を傾けてくれる上司の存在は貴重だと思いますよ。
木村
ありがとうございます。ただこれは私というよりは、社長、経営陣が一つの考えに固執せず、良いと思ったことはやる。という気質があるからだと思います。
石塚
なるほど。昔の苦い経験もすべて、今に役立ってる訳ですね(笑)
木村
はい(笑)。進め方の工夫に過去の経験が役に立ってますね。一方で昔は正しいと思っていたことが、そもそも間違いだったと気付くということもありました。自分が間違っていたというか、生意気だったというか、今思い返してみると恥ずかしいですね(笑)。昔書いたブログとか、とても見られないです。
石塚
わかります。立場が変わると見える景色が違いますからね。
木村
今も昔も、人の上に立つのは決して得意分野ではないと思っています。でも、上に立ったことによって自分が成長できたことは間違いなくあると思っています。
石塚
ところで、エンジニアにとってモバイルファクトリーの良いところというとどの点でしょうか。また、どんな方がモバイルファクトリーのエンジニアとして向いているでしょうか。
木村
良いところは理にかなった提案は立場を問わず、きちんと聞いてくれる会社であることだと思っています。
向き不向きという点では一言で語れませんが、仕事に対して受け身な姿勢の人は厳しいでしょうね。最近は、ソーシャルアプリを頑張って作っていこうという空気になっているので、ゲームを作ってみたいと思っているエンジニア、とくに技術だけ優れていれば良いのではなく柔軟な考えをもった画寄りの考え方もできるエンジニアを求めている傾向があります。
石塚
今後、モバイルファクトリーとしての展望はいかがですか?
木村
当社は長年着メロの分野でやってきて、現在の収益も大半が着メロからのものですが、今後のことを考えるともう1本ないしは2本、新たな収益の柱が欲しいところです。その1本にしたいと思っているのがソーシャルアプリです。すでに注力はしていますがまだまだ柱にまではなっていないので、力を入れていきたいと思っています。
また、スマートフォンのアプリでは、日本にいながら海外市場を狙った展開も十分に可能なので、その辺りも頑張っていきたいですね。
石塚
木村さん個人としての野望などは、ありますか?
木村
開発者、運用、経営のそれぞれ違った立場から見ても満足がいく、人に依存しないインフラ基盤を構築して行けたらいいなと思っています。いまは開発者視点の運用体制で、開発の支援がないと対応できないことが多くあり、結果的に開発者を苦しめていると思います。これを改善したいですね。
石塚
仕事の中で特に重視している点はありますか?
木村
よく知らないシステムを扱わなければならなかった経験が多いものですから、いずれ「自分が担当しなくなる」という前提に立って仕事をすることを意識しています。
石塚
さて、木村さんがこれまでに経験された2回の転職を振り返って、今それは成功したと考えてよろしいでしょうか。
木村
はい。過去も含めて満足しています。良い選択でした。
石塚
では、その理由は何だと思われますか?
木村
会社だけで無く、高校や専門学校の選択など、人生の節目節目の選択は、後から思えば良い選択だったなぁと思うことが多いのです。理由も考えるんですが、特に思いつかないんですよね。そのときはその学校しか会社しかないって思っているので、まぁ運が良いんですかね(笑)
石塚
まあ、運も実力のうちともいいますから(笑)。ただ、ここぞという時の決断力が功を奏したようにも感じます。今日お話を伺っていて感じたのですが、木村さんはエンジニアとして何かを作りたいというよりも、もっと大きい枠で物事を考えているのではないですか?
木村
自分で感じた非効率的なところを何とかしたいと思うんです。ムダ、といえば言葉は悪いですが、自分の見えている範囲に非効率なものがあるとそれを変えたくなりますね。
できれば、自分の周りだけでは無く、地域の、日本の、世界の生産性を上げることができたらいいなと思っています。が、大風呂敷を広げるのもなんなので、とりあえずは自分の見える範囲から地道にやっていければと思っています。
石塚
なるほど、よく分かりました。
本日はいろいろお話を伺えました。ありがとうございます。

アイムファクトリー
石塚 純子

●プロフィール

木村 岳文(きむら たけふみ)

キャリア:
モバイルコンテンツ事業部 兼 開発推進準備室。専門学校卒業後都内のベンチャー企業に就職。
→メールやWebホスティングサービスを中小企業向けに提供する事業に携わる。
→その後別のベンチャー企業への転職を経て、2003年11月にモバイルファクトリーに入社。
→現在は、開発推進準備室で開発の標準化、インフラ基盤の構築を、モバイルコンテンツ事業部では、若手とともにサイトの開発運営業務に注力している。
注目している技術:
位置情報とモバイル端末。(位置情報こそモバイル端末で何かをするキッカケを作ってくれる技術だと思うから。)
座右の銘:
何をやるべきか何をやるべきでないかを考える。(やるべきでは無いコトも考えるコトが重要だと思っています。)頭でっかちは空を飛べない。頭が重いから。
自分を動物にたとえると?:
「サル」 自分で見た目が似ていると思うから。
休日の過ごし方は?:
ゲームしたり、好きな音楽を聞きながらだらだらお酒を飲みながら料理を作ったり

●会社プロフィール

株式会社モバイルファクトリー

2001年設立。以来、着メロ、ASPサービス、公式サイトなどモバイルサービスを中心に展開。近年はスマートフォン向けサービスも強化している。収益の基盤となっているモバイルコンテンツ事業に加え、ソーシャルアプリ事業を注力事業として展開中。男性向け恋愛シミュレーションゲーム「おかえりなさいご主人様!!」やコロプラで大人気の位置情報連動型ゲーム「駅奪取PLUS」などオリジナリティ溢れるコンテンツを提供している。

Mobile Factory

編集後記~取材を終えて~

1社目でも2社目でも「最初は年齢的に一番下っ端だった」と振り返っていた木村さん。その経験が、今管理する立場になっても生きているのだな、と感じました。また、何度か他人の作ったものを引き継いでおり、その際の苦労が「業務のフレームワーク化」「効率化」という彼のポリシーに繋がっているようでした。木村さんは仕事において常に現場エンジニアの立場に立って考えられているので、こういう理解のある上司の下で働けるエンジニアは幸せだな、と思いました。

ITエンジニア担当
石塚 純子

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次回予告

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