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エンジニア列伝 「黒船」来襲に備えるエンジニア!  技術への想いを胸に、世界トップレベルの技術者集団を目指す 第14回:株式会社トライフォート 大谷祐司氏

やりたいことや、成し遂げたい夢を持つエンジニアは数多い。だが、それを実現できる職場と巡りあった人はどれだけいるだろうか? そこで今回は4度の転職の末に、目標や技術への想いを共有できる会社・仲間・上司と巡り合ったエンジニアに話を聞く。有力企業で社内表彰を受けるなどの実績を残すも、後に設立間もないベンチャー企業へと転身を図ったスーパーエンジニア、大谷祐司氏がその人だ。

(インタビュー 、構成/撮影 エンジニア・ファクトリー宮田 )

畑違いの仕事にも挑戦した結果「自分はエンジニアだ」と気付き、システム開発へ戻る

子会社への出向を含め5社を渡り歩いた大谷さん。大学卒業後、システム開発会社でエンジニアとしてのキャリアをスタートさせたが、知り合いに誘われ、リクルートエージェントへ転職。人材紹介会社というエンジニアとしては畑違いともいえる会社での経験は、今の仕事にどんな影響を与えているだろうか? 大谷さんにとって3社目となるリクルートエージェント時代の話から聞いた。

宮田
1社目2社目とシステム開発会社で、エンジニアとしてキャリアを積まれた後、リクルートエージェントへご入社されたそうですが、エンジニアとしてですか?
大谷
いいえ、新規事業を立ち上げて大きくする、事業開発グループのメンバーとして入社しました。具体的な仕事は、新しい事業の企画や、成功の可能性を探るための検証。他にも、人材の採用や育成、スキーム作りをやっていました。
宮田
もとはガチガチのエンジニアでJavaでシステムを開発していたと伺いましたが、まったく違うフィールドへ移るにあたって、不安や葛藤はありましたか?
大谷
システム開発を4、5年やった結果、モノづくりはある程度できるようになったと思っていました。だから、逆転の発想で、自分が一番苦手としているところに飛び込もうと思ったんです。葛藤もありましたが、若いうちにいろんなことを経験しておこうという想いの方が強かったですね。
宮田
リクルートエージェントでの仕事を通じて、苦手な部分は克服できましたか?

株式会社トライフォート
技術統轄本部 本部長
大谷 祐司氏

大谷
在籍していた1年3か月の間に、営業なども経験しましたが「意外とできるな」というのが正直な感想です。もっとも、それ以上に思ったのは「システムを作っている方が自分には合っているな」ということでしたね(笑)。自分はやはりシステム開発が好きなんだというのは、リクルートエージェントでエンジニア以外の仕事を経験したからこそ、わかった想いです。
宮田
次の仕事はエンジニアへ戻ったんですか?
大谷
リクルートエージェント入社以前に自分で作ったインターネット広告関連のシステムをサイバーエージェントで使っていただいていたんですが、そのシステムを使う事業部が一気にドライブをかけて「システムで勝っていける会社にしたい」という方針を打ち出しました。それでは一緒にやろう、ということになり、サイバーエージェントへ入社しました。
宮田
そのシステムは、どこかの会社に所属している時に仕事で開発したものなんですか?
大谷
個人で開発したものです。
宮田
趣味で開発した、と捉えていいのでしょうか?
大谷
はい、完全に趣味で開発しました。リクルートエージェントへ入る前から自分で色々なツールを作って、ネットで公開していたんです。
宮田
システム開発が本当にお好きなんですね。お話を伺っていると、システム開発への想いが強く伝わってくるのですが、大谷さんにとってシステム開発の魅力とは何ですか?
大谷
私が感じている魅力は、2つあります。作りたいものを自分の手で形にできる点と、勉強すべきことが尽きないので成長し続けられる点。技術には無限の可能性があると思っています。
宮田
猛スピードで技術が進歩しているITの世界で、技術の最先端についていくための勉強も楽しいということですね。
大谷
「ついていく」というよりも「武器を身に付ける」という感じですね。
宮田
なるほど。わかりやすいたとえですね。さて、サイバーエージェントへの転職で、晴れてシステム開発の仕事に戻られたわけですが、どんな仕事をしていたんですか?
大谷
とにかくムチャクチャいっぱいシステムを作りました。5年間在籍していたんですが、その間に小さいものも含めて100以上のシステムを作りました。
宮田
それはすごいですね。何名ぐらいで開発をしていたんですか?
大谷
途中からチームになったんですが、配属された事業部は、エンジニアが一人もいない部署だったので、最初の2年くらいは、社員は私一人。あとは業務委託メンバーが数人という状態でした。
宮田
2年間ほぼ一人でシステムを作り続けていたんですか?
大谷
はい、ほぼ一人で作っていました。
宮田
つらくなかったですか?
大谷
いえいえ、ムチャクチャ楽しかったです!
新しいシステムを作るたびに、社内がみるみる変わっていくのが目に見えるんです。変わっていくことによって、サイバーエージェントがどんどん競合に勝っていく、強くなっていく、お客さんが増えていくというのが、本当に実感できていたので、ムチャクチャ楽しかったですね。開発にあたり特に制約がない環境だったので、自分で決めて自分でやるという感じでした。
宮田
エンジニアの方からよく聞くのが「システムを理解していない上司のもとで働くとストレスを感じる」ということなのですが、その辺りはいかがでした?
大谷
事業目線で開発を行っていたので、特にストレスは感じませんでした。ものを作るのがゴールではなく、作ったシステムを使って会社が競争に勝つのを目標にしていたので、そこが上司との間でスムーズな意思疎通がとれた要因ではないでしょうか。
宮田
事業目線で開発を考えるというのは、リクルートエージェントでの新規事業立ち上げに関わった経験が活きているんでしょうか?
大谷
あると思います。何かことが起こるたびに、原点に立ち戻って「事業を成功させるには何をすべきか」「本来それはどういう目的で行うのか」と認識し直す姿勢は、リクルートエージェントで学びましたね。
宮田
サイバーエージェントで活躍なされた後、いよいよ現在のトライフォートに入社された、というわけですね。
大谷
そうですね。ただ、サイバーエージェントへ入社して4年目に、子会社のCAアドバンスに出向しまして、そこでチームビルディングを主に担当しました。最初は5人だったエンジニアが、1年後には20名以上になりました。
宮田
チームビルディングの担当は自分から志願したんですか?
大谷
なりゆきですね(笑)。当初はエンジニアが5人しかいなかったのですが、システムを強化して勝ちにいくという命題がありました。そこで私が率先してチームを作るために動いていた感じです。採用戦略やコンセプトづくりから行いました。
宮田
チームビルディングの中で何を学びましたか?
大谷
マネジメントですね。メンバーが楽しくやりがいを持って成長するには、どうやってミッションを与えていけばいいのかを学べました。

「世界最高の技術力を持った会社」を目指して

サイバーエージェントでシステムを作りまくり、エンジニアとして確固たる地位を築いた大谷さんだが、運命の会社・トライフォートと出会う。

宮田
トライフォートへ移られたきっかけは何ですか?
大谷
私と同じくサイバーエージェントにいた、当社の代表・大竹とFacebookのアクティビティでつながりまして、大竹の記事を読んで「面白そうだな」と思ってコンタクトを取ったのが始まりです。
宮田
トライフォートに移ろうと決意した理由は何ですか?
大谷
新しいことにチャレンジしたかったというのがひとつです。サイバーではある程度同じようなシステム、ゴールが見える仕事が多くなっていました。そこで、ゴールが見えないところを切り開いていきたいという想いが芽生えていました。
それと同時に、高い技術力を持った人と一緒に仕事をしてみたいという気持ちもありました。今、業界の中で一番優秀な人が集まっているのは、ソーシャルであり、スマホです。その点で、トライフォートはピッタリな会社。もう一人の代表、小俣と話をした時に「この人の下で働いたら、自分はもっといろんな知識を付けられて成長できる」と感じたのも大きいです。

「最高の技術力」の為には、誰よりも仕事に時間を費やす!と語る大谷氏。

宮田
サイバーエージェントで確固たる地位を築いていたのを投げ出して、設立したばかりのベンチャーへ移ったわけですが、不安はありましたか?
大谷
ありました。ただ、2年後3年後に同じ決断ができるか考えたんです。そして、たぶんできない、と自分の中で結論を出したんです。それに加え、これだけ自分が探していたものにピッタリ当てはまるベンチャーもそうないだろうなと思い、決断しました。
宮田
自分が探し求めていたベンチャーに巡り合った、ということですか。
大谷
前職の時から強く思っていたことなのですが、世界最高の技術を持った会社を作りたいんです。
「最高の技術会社」を作るために、やるべきことが3つあると私は考えています。まず「各メンバーが技術力を高めていく」。そして「それを他のメンバーと共有する」。最後に「会社として、組織として発信していく」。この3つがないと、技術力のある会社として地位は築けません。CAアドバンス時代から「世界最高の技術会社を作る」と公言し実践しようとしていたのですが、正直に言うと一人で突っ走っちゃっていた感は否めませんでした。それでも、本気で「世界最高の技術会社を創る」と言い続けていました。
宮田
世界一の技術力を持つ会社を作るという想いは、代表の小俣氏とリンクした感じですか?
大谷
はい、代表の小俣・大竹とリンクしましたね。大真面目にそれを考えている人に、初めて会えたというのが実感です。今まで以上に組織一体となって、突き抜けたことができる、と思いました。
宮田
実際に入社されたトライフォートは、小俣・大竹の両氏と会った時に感じた印象通りの会社でしたか?
大谷
想像を超えていました(笑)。
宮田
大谷さんの想像を超えていたというトライフォートは、どんな会社ですか?
大谷
可能性を秘めた会社ですね。現在のトライフォートはまだ創業期。受託をメインに多くのプロジェクトが並行して走っており、会社としてレベルアップしている時期です。当然、メンバーも直近に入ってきた者が多く、個々はすごい技術力を持っているのですが、一体感といいますか、目線を合わせて同じ方向を向いて進んでいくといった点では、まだまだこれからです。メンバーの一体感ができた時、トライフォートはすごい会社になると確信しています。
宮田
トライフォートを「すごい会社」にするため、大谷さんは何をなさっていますか?
大谷
私が担当しているのはサーバーサイドで、スマホアプリのアプリ側ではなく裏側、情報を受けて返すというところのシステムなのですが、チームのレベルを徹底的に上げてやろうと思っています。
とにかく今はムチャクチャ働いていますよ。誰よりも働こう、誰よりもインプット・アウトプットを増やそうと思っています。休みの日も家にこもってずっとシステム開発や勉強をしていますね。マネジメント70%、システム開発70%ぐらいの勢いです(笑)。人と同じ働き方をしていても、人と同程度にしか成長できないと思っているので、成長しているベンチャーで働く以上は、何かを犠牲にして仕事に費やす時間とパワーを作ることが必要だと思います。
宮田
それは、自分の意志ですか?
大谷
もちろん!半年、1年後には別人になっていますよ。

「黒船」から日本を守るために必要なのは、海外の文化と向き合う真摯な姿勢!

ここからは、世界一の技術を目指すという、大谷さんと同じ想いを抱く同社代表の小俣泰明氏も同席。2人にソフトウェア業界における、「日の丸」と「黒船」の違いを聞いた。

宮田
「世界最高の技術力を持った会社にする」という目標は、いつから抱いていたんですか?
小俣
昨年だったか、一昨年だったかに、シリコンバレーのグーグルとアップルの本社に行ったんですよ。その時に彼らの仕事ぶりを見て、日本人の勤勉さをあらためて認識しました。午後2時ぐらいに訪れたんですが、学園内のようなイメージで思い思いのことをしていました。外で談笑したり、スポーツを楽しんだり。日本ならみんなパソコンの前に座って仕事している時間帯です。成功している会社だから当然なのかもしれませんが、日本国内の企業ではありえない光景でした。、日本人が海外の文化を真摯に受け止めて、海外に目を向ければ、普通の力を出すだけで世界トップクラスになることは間違いないな、と確信しましたね。
宮田
「世界一」は、大きな野望というよりも現実に手が届く目標だと感じていらっしゃるんですね?
小俣
そういうことですね。現在のところ、ソフトウェア産業で日本が勝っているものはないですから、ソフトウェア業界で日本の技術を世界に広めたいなと思っています。

株式会社トライフォート
代表 小俣 泰明氏

小俣
ただ、そのためには「文化」が足りていない。日本人は内気で前に出るというのが苦手な民族。だから、サービスもそうなってしまいがちなんです。
例えば、国内SNSでは自分の顔画像をプロフィールに入れませんが、Facebookは入れますよね。この違いは文化的な違いから来ていると思います。世界を相手にするには、それを真摯に受け止める必要があると思います。
大谷
海外ではエンジニア個人で進めた開発なり事業を企業が買収するというスタイルが一般的で、個人が自ら発信していく文化があるように思います。
一方で日本のエンジニアはというと、「暗い」とか「社交的でない」というイメージを持たれがち。それは日本特有、とりわけ大企業の要員としてのエンジニアに対するイメージではないでしょうか。
その点、我々は違います。一人ひとりが自ら発信し、価値を提供していける組織を目指しており、我々が日本の技術を引っ張っていく気概を持っています。
小俣
会社としては「世界戦略」と言った方が、優秀な人材が集まるので、グリーもDeNAもサイバーエージェントもその他のSAP企業も、みんな「世界戦略」「海外進出」と言いますが、実は日本の会社は日本の市場を狙った方が得なんです。アメリカや中国、韓国などの市場を狙えば狙うほど、コストがかかる割に利幅が下がってしまう。
宮田
海外へ進出しない方が良い、ということですか?
小俣
企業としては、日本国内に集中していた方が儲かるんです。日本の企業が海外へ出ない、出づらいのは、そこにも原因があるのでしょう。
けれども、国内に集中して、国内で儲けているだけでは、永続的なサービスは維持できません。国内SNSなどは、Facebookのような「黒船」が来ればリスクにさらされます。「日の丸」企業はNECのPC98時代から同じことを繰り返していますよね。国内のOS市場もDOS/Vにさらわれましたし、ガラケー用の検索エンジンすらグーグルに持って行かれました。
宮田
考えてみると、日本国内でも日本製ソフトウェアはシェアが低いですね。
小俣
ITの世界は常に戦いがあります。OS戦争があり、検索エンジン戦争があり、SNS戦争があった。どの戦争でも「日の丸」勢は太刀打ちできず、「黒船」にシェアを持って行かれました。次の戦争で日本の市場を「黒船」から守るためには、真摯な態度で海外へ目を向ける必要があります。
宮田
それは、言葉を変えれば「開国」ですかね。明治維新の時、日本は開国し海外の文化と向かい合ったからこそ、「黒船」から独立を守れたという側面もあります。
小俣
確かにそうかもれませんね。日本のソフトウェア業界、IT業界は、開国しなければ、また「黒船」にやられます。優秀な技術者を集める目的のブランディングのためではなく、世界と戦うために他国の文化を理解する努力をすべきです。日本人と日本の技術をもってすれば、「黒船」と互角以上の戦いが可能です。だから私たちは、Facebookを軽く超えると言っているんです。次の「黒船」がやってきた時に、我々は日本の技術を世界に知らしめる志士となって、世界の技術と戦います。
宮田
SNS戦争もFacebookの勝利で、決着を見た感があります。次の戦争は何が舞台になるのでしょうか?
小俣
明確には見えていませんが、一つ言えることは、必ず「ソーシャル」というキーワードが絡んでくるということですね。
あとは「リアルタイム」と「エディティング」もキーワードですね。ビッグデータという言葉が巷を走り回っていますが、あれはしょせん過去なんです。それよりも今この瞬間に何が起きているか、ユーザーが何を求めているか、それを限りなくリアルタイムに近い形で提供できれば、面白いと思いますし、そこに価値が生まれるのではないでしょうか。
宮田
何が売れたかよりも、何が売れるかの方が価値としては格段に高い感じがします。
小俣
リアルタイム性という点から見れば、Facebookはいい線をいっていますが、情報量が多すぎると思います。Facebookでつながっている人がたとえ何百人いようと、その人にとって本当に価値のある情報を提供してくれるのは、10人から20人ぐらい。ならば、最初から重要な20人を選んでしまえば効率的ですよね。
実際、アメリカでは20人に限定したSNSが流行り出しているという話もあります。何百人といるつながりから20人を選ぶこと、これはまさしくエディティングです。一人ひとりにとって本当に価値のあるものを提供するためには、「ソーシャル」と「リアルタイム」と「エディティング」がポイントになるのではないかと思っています。
宮田
なるほど、御社の今後の展開に期待しています。お二方とも本日はありがとうございました。

海外に目を向けて、ソフトウェア産業で日本の技術
を世界に広めたい!と同じ思いを抱くお二人。

●プロフィール

大谷 裕司(おおたにゆうじ)

技術統轄本部 本部長
大学時代はビジュアル系バンドをやっており、プロを目指して活動。
大学を卒業後、IT企業でSEとして働き始め、2007年にリクルートエージェントで事業企画を経験した後、2008年から2013年までサイバーエージェントでインターネット広告のシステム部署立ち上げ、子会社の技術責任者に着任。2013年「世界最高の技術会社」を目指してトライフォートに入社

●プロフィール

小俣 泰明(おまたたいめい)

代表取締役CVO/CTO
日本ヒューレット・パッカード(日本HP)やNTTコミュニケーションズなどの大手ITベンダーで技術職を担当し、システム運用やネットワーク構築などのノウハウを習得。
その後、ITサービスを開発するベンチャー企業数社で経営に携わる。2012年8月に、TriFortを立ち上げた。

●会社プロフィール

株式会社トライフォート

2012年8月に設立。iPhone、Androidなどのプラットフォームで動くサービスやソーシャルアプリに特化した受託開発を行っている。創業者の一人、小俣泰明CTOは業界内では有名な凄腕エンジニア。一方の大竹慎太郎CEOは元有名ベンチャー企業のトップ営業マン。大手企業からの案件を多数手がけ、創立1年を前に従業員数も100人を越えようとしているほど、急成長しているベンチャー企業である。

株式会社トライフォート

編集後記~取材を終えて~

世界最高を目指すという想いを率直に語ってくれた大谷さん。「事業が大きくなるから、また移転する」と語っているような、飾り気のない野戦キャンプさながらの雰囲気のオフィスの中で、水を得た魚のように活き活きと働く大谷さんの姿を思い浮かべると、心底楽しんでいるように感じました。システム開発以外の仕事も経験した大谷さんですが、過去の経験が見事に現在の仕事で結実していることを感じさせられた取材でした。

ITエンジニア担当
宮田 望

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